1. 知識はあっても、指が動かなかった
個別株を始めたきっかけは投資スクールだった。基礎理論は叩き込み、何が良いか、何が悪いかの理屈はわかったつもりでいた。しかし、実際のマーケットは冷酷だ。 16年、塾の経営者として数々の決断を下してきたはずなのに、いざ自分の金を投じるとなると、どうしても足がすくむ。失敗したくない。その恐怖心が、私をスクールの外にある「投資アドバイザーの有料情報」へと向かわせた。
2. 毒入りの蜜、30万円の「成功」
最初に買った推奨2銘柄。これが驚くほどあっさり上がり、30万円の利益が出た。 「なんだ、投資なんてプロの言う通りにすれば簡単じゃないか」 この時、私は「自分の頭で考える」という、投資家として最も大切な仕事を放棄してしまった。この30万は、今思えば私を油断させるための、甘く危険な「毒入りの蜜」だったのだ。
3. 経営者としての失格、自分への怒り
ふと我に返り、背筋が寒くなった。私は塾の経営者だ。日々、生徒たちには「自分の頭で考えろ」「安易に答えを書き写すな」と厳しく指導している。 なのに、肝心の自分はどうだ? 投資顧問の出す「答え」を丸写しし、資産の運用を丸投げしている。 「人には厳しく、自分には甘い。私は本当に学習塾の経営をするに値する男なのか?」 そんな自問自答が、画面に並ぶ真っ赤な数字よりも深く胸に刺さった。
4. 130万円の洗礼と、麻痺していく感覚
「次もプロに頼ればいい」と買った推奨銘柄。結果は無残だった。損切りできず、含み損は最大で130万円まで膨らんだ。 だが、その時の私は怒るでも嘆くでもなく、ただ冷めた目で画面を見ていた。 「まあ、俺のやることだ。こんなもんだろう」 どこか他人事のような、排他的で冷めた諦め。損益が70万と120万の間をうろちょろしていても、もはや心の針は振れない。これを落ち着きと呼ぶのか、ただの「感覚麻痺」と呼ぶのか。
5. 泥臭く、ありのままの「株迷子」として
幸い、現物取引だから会社が潰れない限り株券は生きている。優待や配当を気休めにしながら、私は今も相場にしがみついている。 格好いい投資家にはなれなかった。でも、これが私のリアルな現在地だ。 誰かの後ろをついていくだけの自分は、もうおしまい。麻痺した感覚のまま、それでも自分の足で一歩ずつ、泥臭い記録を綴っていこうと思う。


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