鉄工所二代目の終焉。42歳、私が「教壇」に立った本当の理由。

二代目の後半戦(人生観)

1. 狂乱のあとの、静かな数字

4月2日。昨日(4月1日)の日経平均2600円超という爆騰劇から一夜明け、相場はトランプの不用意な発言で相変わらずの波乱が続いている。 私の含み損は-1,045,728円。昨日より微増したが、もはや20万、30万の変動で一喜一憂するフェーズは過ぎた。 今日は数字を追うよりも、私がなぜ今、58歳にして「株迷子」の塾講師としてここに立っているのか、そのルーツを書き残しておきたい。

2. 20年守った「火」を消した、42歳の決断

私はかつて、父の鉄工所を継いだ二代目だった。学校を卒業してから20年間、親戚や社員、そして「家」という看板を背負い、製造業の荒波の中で必死に火を灯し続けてきた。 だが、時代の波には抗えず、自らの手で幕を引く「自主廃業」を選んだ。倒産は免れたが、20年守ったものを手放す痛みは、今の含み損の比ではなかった。

3. 偶然から始まった、第二の人生

廃業したあの日、42歳の私は全くの白紙だった。 きっかけは、中学校に進学する息子に「勉強を教えてほしい」と言われたことだ。 教えていくうちに、自分でも気づかなかった「教える喜び」に目覚めた。気づけば、42歳の新人講師として学習塾を立ち上げていた。生きていくためには、これしかなかった。

4. 55歳、本当の意味での「独立」

2023年、95歳で母を見送った。私はこれまで、母の喜ぶ顔が見たくて、輪を乱さないように我慢を重ねて生きてきた。 どこかで「母にぶら下がっていれば楽かもしれない」という甘えがあったのかもしれない。だが、母がいなくなった55歳のあの日、私はようやく本当の意味で「自分」という一人の男として独立したのだ。

5. 58歳、爆弾を抱えて「今」を生きる

今、私の体には動脈瘤という爆弾があり、株では100万超の含み損がある。 でも、誰かの顔色を伺って生きていた頃に比べれば、今の悩みはすべて「自分の選択」の結果だ。 4月21日の手術を前に、私は改めて思う。 「もう誰のためでもない、自分の人生を思いっきり生きてみたい」と。

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